転職
エージェントからの話
2010年、グローバル本部の副本部長や製品事業部のマーケティング部長をしていた当時、それまで情報交換で時折会っていた人材紹介エージェント(ヘッドハンティング会社)から、私に紹介したい話があると連絡が入りました
待ち合わせて会うと、東証一部上場のN社がアメリカの社長を探しているとのことでした アメリカの社長はどんなことをするのか?と聞くと、ヤギが500頭ほどいてそのヤギに免疫して対外診断薬の原料を作る工場の経営をするらしいですとの答え
冗談も程々にしてほしいと言いました 昔、岡山の高校がニュージーランドに新校を開設するのでそこの理事長にならないかという話があったが、御社は持ってくる話が少し荒唐無稽すぎませんか?
だいたい、免疫とか診断薬とかいうのを家電業界にいる私に持ってくるのはおかしい それは、バイオの業界か、せめて化学とか食品業界へのアプローチになるのでは?と不満を露わに答えました
エージェントからは、すでにバイオや化学の業界にはアプローチしました しかし、彼らは、化学式はわかってもグローバルビジネスへの知識や経験が足りていないのです だから、採用範囲のスコープをグローバルビジネスへの造詣が深い業種に広げて探すことにしたのですとの答え
化学式はわからなくても、グローバルオペレーションができる方もスコープに入れて探そうというアプローチです
そして、日系でグローバルビジネスやグローバル経営に理解があるのは、結局、自動車業界か家電業界しかないという結論に至ったのです そこにあなたがおられましたという説明
ただ、スコープが広がったために、既にかなり優秀なライバルが10名ほど出てきました 1名の採用に至る道筋はかなり厳しいと思われますがいかがでしょうかとのことでした
就職活動
10人の勝ち抜き戦?! ちょっと闘争心が煽られ、ではやってみましょうということになった翌月、会社が希望退職の募集を始めました 当時は52歳、せっかくなら割増の退職金をもらい住宅ローンの半分くらいを返済したいと思いました
面接が役員面接まで進み、エージェントから希望年収をもっとあげましょうか?と聞かれたので、いや何でもいいので早く決めてしまいましょうとけしかけて、先方が提示された年収額で決めてしまいました!
もう少しネゴすれば良かったと思いましたが、結局N社入社後、毎年給料が上がり、理事職ではもうこれ以上にはできないという額まで上がりましたが^^
アメリカ赴任
翌年2011年3月30日まで前職で働き、無事に割増退職金をもらい、4月1日にN社に出社しました 3ヶ月のオリエンテーションを経て、7月にアメリカ現地法人に赴任しました
赴任時、結構な荷物があったので飛行機はビジネスクラスで行かせてほしいと頼みましたが、社内ルールはエコノミークラスなのでCクラスで行きたければ自分でアップグレードして行ってくださいとのこと
業界が変われば、帰赴任のルールも変わるのかと思いながら、自分のマイレージを使いアップグレードして行きました
前任者との引き継ぎ
前任のアメリカ現法社長は穏やかな方でした 役員面接ではアメリカのグリップ力をあげてほしいと言われたのでどういう仕事をすればいいのかと尋ねると、今の仕事内容を教えてくれました
その仕事内容は、アメリカ現法が有する二つのDBA(Do Business As)工場、カリフォルニア工場とアイオワ工場の毎月のP/L実績について、彼らそれぞれの勘定科目をN社の勘定科目に変換して東京に送付するのが社長の仕事ですと言われました
とても面くらい、当方はガバナンスを上げるように命じられているのですがと聞くと、それは自分のミッションではありませんでしたとの答え この辺で、(何か変だ)と気がつきました
その後分かったのですが、二つのDBAはそれぞれ、N社が買収したりBranch的に設置したりした拠点でしたが、これを統合した存続会社(アメリカ現法)を経営できる日本人経営者がおらず、現場は無法化していました
日本人社長は飾り物にされ無視されていた状態 全てを両拠点のアメリカ人が仕切っていました
すでに両拠点はエンティティとしてはN社アメリカ現法に統合されていたものの、東京の本社からは「オペレーションは変えなくていい」という言質をもらい、現地人トップのやりたい放題状態でした
引き継ぎ時にこれが垣間見えたので、正しましょうと前任の社長に提案すると、It’s not my jobとの答え これでは現地人がのさばるのは自然の成行だと思いました
前任の社長の帰国後の職場とタイトルは、N社本社監査室の課長になるとのことでした 家電業界のアメリカ社長の帰国後は、どこかの製品事業部長か副事業部長、役員か理事職であることと比較すると、ずいぶん脇役的で低いポジションであることに驚きました
一緒に赴任した技術系の部長は、知らなかったんですか?N社のアメリカ赴任辞令は、(日本では使い物にならないから)姥捨山に送られるという意味なのですよと説明してくれました だから余計なことをしてはいけないのですとのこと
無法地帯の実態
しかし、前任者を責めるのは酷なことでした 彼は、元は人事関連のスタッフ 経営はしたことがなく、有名大学出身であるが英語でのコミュニケーションは得意ではない状態でした
つまり、能力開発がなされないまま会社が彼を送り、現地法人の社長である彼の頭越しに東京がいろんなことを決めていたのが実態でした
一緒に赴任した技術部長に聞くと、工場内の製造ラインやR&D棟には日本人は入れないとのこと 日本のN社工場はアメリカ現法の顧客なので原料である抗血清の製造工程や抗原の精製方法は秘密であり、そこから赴任してきた駐在員には見せられないというのが理屈でした
さらに、DBAであったカリフォルニア拠点とアイオワ拠点は、二つの異なるブランドを有し、それぞれが市場で戦っているため、とても仲が悪い状態でした
Closedな市場で顧客を取り合う競合者どうしで、お互いが陰で罵り合う間柄 東京ではCA(カリフォルニア)とIA(アイオワ)の統合効果の発現を急げと言われていましたが、現場の実態は程遠いものでした
あとがき
エージェントに手数料を払って外部の人間を採用せねばならないというのは、こういう背景があったのだとわかりました 自社で対応できないから相応な金を払って外部の経験者を入れて対応しようとしているのだとわかり、大変なところに来てしまったという思いがしました
しかし、後悔していても仕方ありません やはり前に進むしかない ただ、自分にそれができるのだろうか?風向きによって動物の匂いが酷く、オフィスは掘建て小屋のような木造家屋 昔、大量のウサギを飼育していた建屋(ウサギ由来の抗血清の製造小屋)であったとのこと
それにしてもとんでもないところに来てしまったと思いました
蓋し、家電は業界ごと傾き始めており、前職にとどまっていては住宅ローンが払えなくなる恐れがある 息子の大学の学費を出さないといけないし、とにかくやるだけやってみよう
3年を目処に頑張り、それでも自分が使い物にならなかったら潔く退こうと決意しました

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