前任のN社アメリカ現法社長との引き継ぎを終え、いよいよ自分が責任者として経営を担うことになりました しかし、販売見込は報告されないし、生産や在庫の状況、品質活動の状況が全く社長に上がってきておらず、会社がどう動いているかを知る術がない状態でした
一緒に赴任した技術部長に製造ラインの現状や動物由来の抗血清製造のR&D活動状況を確認してほしいと依頼しましたが、現地人側からやんわりと立ち入りを拒絶される始末
11月のある日、カリフォルニアDBA(Do Business As)の人事の担当者から、12月初めにカリフォルニア工場のクリスマスパーティをやるが、良ければN社アメリカ現法の新社長や新技術部長も参加しますか?と聞いてきました
これは、日本的に言えば、会社創立記念日の祝賀会をやるが、良ければ社長も来ますか?と言われているようなもので、言語道断なコメントです このことを通して、DBAの従業員は自分たちがN社アメリカ現法の一員だという意識が全くないことを知り、愕然となりました
もちろん行くよと答えましたが、この会社の改善には長い年月を要することを直感しました そして、実際のクリスマスパーティでは飾り物社長として扱われ、笑って対応しましたが、帰宅後は腹が立って仕方ありませんでした
東京の本社は、当時のアメリカがこのような状態にあることを全く知りませんでした まさに孤立無縁の状態にありました
California工場の実態と初期の改善
ガバナンスの強化
問題点
N社アメリカ現法のトップである社長への報告がなされず、DBA内だけで意思決定がなされていました Manager以上のメンバーの評価や給与や昇進のリクエストは社長に決裁が上がるわけではなく、また経費決裁の権限もDBA任せでした
規程類の整備と導入
これらの慣行を是正するために、まずは、子会社稟議規程のドラフトを作成し、導入しました そして、会社経営の基本は予算の立案であり、そのベースは本社が承認する中期計画を策定することであると皆に知らしめました
全員が中期計画など聞いたこともない状態でしたので、ポカンとしていたのを記憶します
次に、職務権限規程のドラフトを作り、導入しました 誰にどのような権限がありどのような義務を負うのかを明文化したものです これまでは全てをDBA内で片付けていましたが、経営の透明度を上げ、さらには本来の責任者である現法社長が決裁する事項を明文化し徹底することを図りました
とても苦労して英訳し、子会社稟議規程と職務権限規程を作り発効させましたが、意外にもすんなり受け入れられました
ISOによるQMSとの整合
気味が悪いので理由を聞くと、DBAのManager会議に出席している全員の前で、California工場の現地人トップであるDirector of Operationsから「実際の現場オペレーション管理はISO9001で行っており、これが全社のQMS(Quality Management System) のベースとなっているとともに、ISO準拠がCA DBA内の全職場のガバナンスを統括している 各職場のManagerが責任を持ってISOによる工程管理と品質管理を推進している」と説明がありました
続いて、「したがって、職務権限規程はただの紙切れでしかなく、自分たちDBAには関係ないものだ」とのコメントがありました
当方からは、「それはおかしい QMSは経営の最重要テーマであるので経営者は丸投げするべきでない ISO管理は経営トップと品質管理者が務めることが望ましい
それを経営者でないDBAの現地人トップが行うのは、本来のISOの理念から外れている!」と反論しました (その後、ISO9001の2015年バージョンになるとこの点が更に強化されました)
売られたケンカ
そうしたら、「理屈はわかりました しかし、N社アメリカ現法のISOマネージメントをトップの前任社長ができないと言うからDBAトップの自分がやってきた
あなたは着任後色々評論しているが、このアメリカでISOマネージメントをできるのですか?できないのなら我々DBAに任せてほしい」と全マネージャーの前で聞いてきました
思いがけず早いタイミングで意向を示すことになりましたが、「自分は営業出身だが前職でメキシコ工場の社長をやり、ISO9001とISO14000の推進責任者を務めました したがって、このアメリカ工場のISO推進責任者もできますので、私が行います」と答えました
アメリカ人のトップは大変驚き、「そうであれば社長がやってください」と言わざるを得なくなりました
前職では、メキシコ工場の社長になったとき、「営業の自分がなんでこんなことをやらされるのか!」と愚痴を言いながら必死にISOを勉強しましたが、あの経験がこんなところで役に立つとは! 前職J社勤務時、自分に様々な経験をさせていただいたことへ感謝の念が湧いてきました
あの経験がなければ、このケンカは買えませんでした 今更ながら、J社で鍛えてもらっていたのだと気づきました 本当にありがたいことです
情報共有と情報開示
質問と回答
当時のCA DBAは日本への不信が強く、CaliforniaのManager会議でDBAの現地人トップから「CAとIAの二つのDBAが統合されてN社のアメリカ現法下に置かれたが、その統合の目的を聞いていないし、今後のビジョンも聞いていない 前任の社長はとうとう説明してくれなかったが、あなたはそれができるのか?」と聞かれました
大変不遜な物言いでしたので、「アメリカ子会社の株主である日本のN社は、アメリカ子会社の従業員に取締役会での決議事項であるアメリカの2工場の統合の目的や今後の中期計画の中身を説明する義務はない」と突っぱねました
勘違いしている現地人トップへの鉄槌
一時はそれで収まりましたが、翌月のManager会議で、彼は再度、「日本の意向がよくわからない 我々CaliforniaのDBAは日本N社への売り上げなしでも生きていけるので、今後はそのようにさせてもらいたい」と発言しました
最初が肝心ですので、「結構です ところでとても良い意見だと思うので、総務のYさん、今の彼の発言を議事録に取り、東京のN社本社に送ってください」と言いました 彼は真っ青になり、なんでそんなことをするのか?このDBAのManager会議は自由に発言していい会議ではないのか?」と叫びました
「自由に発言して結構です しかし、Managerですから自分の発言には責任を持ってください また、日本への売り上げは必要ないと言うあなたの意見はとても貴重な意見なので議事録にして東京に送ります」と言いました 会議は水を打ったように静まり、発言する人はいませんでした
会議に出席していたManager全員が(とんでもない人間が来た)と思ったと思われます
情報共有と情報開示
ただ、彼らがそのように言いたくなる背景は共有するべきだとメモしました つまり、情報共有と情報開示がないからこのようなまわりを扇動するような動きが起こる 危機回避の観点からも、定期的な情報共有と情報開示を進める必要があることを理解しました
あとがき
2011年当時、皆を扇動し、日本に売らなくても他の取引先向けの販売でDBAは生きていけると言っていた彼は、今年3月、65歳でN社アメリカ現法を退職しました 彼に洗脳された現地人を一人ずつ剥いで行き、彼の主要な権限を取り上げた15年後、静かに去って行きました
当時、皆を扇動することを止めるように何度も命じましたが、自分が扇動していることに気づかない彼はなかなかやめませんでした 一方で、(日本のN社が知らない)動物由来の抗血清精製のやり方を誰よりも知っており、取引先との懇意な関係を持つ彼は、辞めさせることは避けたい重要人物でした
2020年、私の帰国を発表するとき、皆に後任の次期社長を告げねばなりませんでした 皆に告げる前に彼を社長室に呼び、N社アメリカ現法の私の後任の次期社長は日本人からアメリカ人に変え、それはカリフォルニアの製造部長のER氏にすると告げたとき、彼は本当に落胆した様子でした
次期社長は自分だと思っていた彼は、「今後は新社長である彼女を支えてほしい」と伝えても、返事もできない状態であったことを思い出します
私はアメリカに赴任後9年かけて全体のスキームを変えました 依然、高血清の製造について日本には技術面や製造面の知見がありませんが、彼でなくてもN社アメリカ現法を経営していける人間を育てました
ビジネスは厳しい決断の連続です 経営者はそのストレスに耐えねばなりませんし、そのストレスを克服するのは、経営者としての自分の信念であると思います

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