W杯日本代表は全部で26名の選手が選出されました そのうち、海外組が23名 なんと26名中23名が海外組という布陣 すごい比率です
Jリーグ発足
Jリーグは、1991年11月に発足しました
当時の川淵チェアマンは、「(プロリーグ化は)時期尚早だという人がいるが、そういう人は10年経っても同じことを言う。」と意気込んでコメントされ、(さすがだなあ)と思いながらテレビの画面を見ていました
そんなJリーグ発足当時でしたが、1998年のW杯フランス大会での日本代表の海外組は0人でした
今や、選手ばかりでなく指導者層も海外組が多い日本サッカー
敵の懐に飛び込むことによって、敵の強さと弱さを知るばかりでなく、勝つために自分たちに何が足りていないかを具体的に知ることができます
そういう23人の猛者が集まったW杯の日本チーム この状態の実現を35年前の1991年当時からバックキャストして考えておられたとしたら、本当にすごいことだと思います
日本球界の大リーグ挑戦
野茂英雄投手は1994年オフに近鉄バファローズを退団し、1995年2月にマイナー契約でロサンゼルス・ドジャースへ移籍しました 当時はポスティングシステムがなく、退団後に「任意引退」という扱いとなったため、国内球団に移籍できず単身メジャーへ挑戦するという異例の形でした
移籍当初、日本球界は、彼を「裏切り者!」と呼び、功績を認めようとしませんでした
長年「日本のプロ野球選手は日本の球団に尽くすべきだ」という考えが常識であり、それを覆す前例のない行動が「球界の秩序を乱す裏切り行為」と受け取られました
また、一部のメディアは「恩知らず」「大リーグで通用するわけがない」といった批判的な論調を展開しました
しかし、1995年にメジャー昇格を果たし、独特の「トルネード投法」と圧倒的なフォークボールを武器にしたアメリカでの爆発的な活躍が日本に伝わると、日本のメディアの論調は一転して絶賛の嵐となりました そして、野茂は日本球界の「英雄」として讃えられるようになりました
パイオニアとしての野茂の功績が既存のルールや「こうあるべきだ」という固定観念を打ち破ったことで、日本人選手が海を渡る道が大きく切り開かれました
のちのイチローや松井秀喜、大谷翔平などのメジャー挑戦も、野茂のこの最初の大きな一歩があったからこそ実現したと言えます
サッカー協会と野球界の違い
サッカーは、日本代表の「海外組」に象徴されるように、育成年代から積極的に海外クラブへ移籍させ、世界基準のプレーヤーに育てて代表チームを強化するサイクルが主流です
サッカーの世界的な競技人口は約2億5000万人に上り、ヨーロッパの「5大リーグ」をはじめ世界中にプロリーグが存在するため、選手の市場価値(移籍金)がオープンに設定されていることもグローバルへの取り組みを容易にさせた背景があったのだと思料します
一方、野球はスター選手が抜けることは日本プロ野球の観客動員数やリーグの魅力低下に直結する側面があったため、球団側もファンも海外流出には慎重にならざるを得ない文化的背景がありました
日本の情緒的な文化も加わり、野球には一種閉鎖的で上意下達的な主従関係ができた部分も、組織や運営方法を硬直化させる結果をもたらしたと思われます
野球の競技人口は約3500万人で、主に日本やアメリカなど北中米・東アジアを中心に発展してきたスポーツです そのため、日本人選手の主な目標は最高峰リーグであるMLB(メジャーリーグ)への挑戦となりました 選手の市場価値(移籍金)がグローバルに設定されていることは稀で、日本球界として、できれば流出は抑えたいと考える背景がありました
元々グローバルなスポーツであったサッカー 1990年当時の高校生のサッカー選手は長髪が当たり前でした
元々、リージョナルなスポーツであり日本で独自の進化を遂げた野球 高校生の野球選手の多くは当時も今も、強制的に丸刈りを要求されます
二つのスポーツは生い立ちや規模が違い、日本での取り組み方も大きく異なりました その結果、グローバルな対応が大きく異なるプロ競技となったのだと思われます
企業のグローバル化
実は、企業のグローバル化も、業種によって大きく異なります
私は、家電業界の会社に30年働き、途中から海外畑としてマーケティングや経営に携わりました 家電業界は、海外販売比率が70%を超えており海外の国別の安全規格等のレギュレーションや海外ユーザーの嗜好を知らないと商品開発ができませんでした
また、部品を仕入れるのも海外メーカーからが多く、地域ごとのブロック経済が進んだため商品を製造するのも海外で行うようになりました
部長クラスや役員の大半がなんらかの形で英語をツールにコミュニケーションを図らねばならず、したがって役員のほぼ全員が英語を話せました
一方、転職して行った繊維業界を祖業とする会社には、英語を使って行う仕事はごく一部でした したがって、社内で英語を話す人はおらず、役員でも英語を話す方は、自動車業界から転職して来られた役員の方のみでした
しかし、実際の考え方や行動は、単に「英語を話すか話さないか」の違いではありません グローバルな視点で会社を伸ばそうとするか否かが異なり、それは、国や地域、民族や性の多様性を認めようとするかという理念や方針の違いにもつながります
海外のビジネスの取り組み方として、日本のやり方を独善的に押し付けようとする業種や会社があり、一方で、海外の相手と対話しながらさまざまな考え方を学ぼうとする業種や会社があります
まさに野球とサッカーの違いが、ビジネスの世界でも展開されていました そして、ビジネスの世界でも海外で武者修行したり、グローバルに事業を展開し国際競争力を上げる企業の方が強くなる傾向があります
一見、グローバル化と経営強化は別物のように見えますが、グローバルに強くなるというのは、マルチリージョナルに制度や文化や考え方の違いを理解することであり、それは、多様性を理解し認めようとする経営姿勢から生まれるものであると考えます
あとがき、今後の日本
アジアや世界のリーダーとしての日本の役割はとても大きいと思います
スポーツもビジネスも取り組みの歴史はさまざまですが、試行錯誤を繰り返しつつ様々な経験を持ちましたから、更なる対話と相互尊敬をベースに真のグローバル化を進めてほしいと思います
基本は、「押し付け」ではなく、「話し合い」であり、「真摯に学ぼうとする姿勢」であると考えます 多様性を認め合うことで、想像もしなかったような大きな実りが起きますし、何より、そういう素敵な経験をすることで、仕事や生活を通して各人の人生が豊かになります
W杯のサッカーの試合を見ながらこんなことを考えました

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